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fc2logo本 紹介 百田 尚樹 『永遠の0』


|д゚)チラッ
どうも僕です。


夏ですね例年にまして今年はさらに暑い(;´д`)

夏は海・山とアウトドアしたくなりますね。

そして8月15日の終戦記念日

忘れては行けません。

かつてこの日本を愛し、自分の命を賭して戦った祖先がいたこと事を・・・・

今回は、百田 尚樹 (著) 『永遠の0』

永遠の0 (講談社文庫)

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内容紹介
「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくるーー。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。

久々のヒットでした…

最初に言っておきますが、戦争もので『特攻隊』という題材です。

太平洋戦争の話なので色々な解釈があり不快な思いをする方もいるかもしれません。

ただこの小説は悪い話ではなく、戦記物が好きな方に向けた作品ではない。

あの戦争はなんだったのか若い世代にもわかりやすく教えてくれると思います。

いつまでが戦後なのかわかりませんが、昭和から平成と移り変わるなかで薄れゆく戦争の記憶・その体験、

この平和な世の中とのギャップは埋めることはできませんが、それを少し思い出さしてくれるそんな小説です。


映画化して欲しいですね・・・

youtubeにこんなものがありました!!映画化を待望した方が作ったみたいです。





ここからは私的『永遠の0』の感想です。
※ネタバレ気にする方は読まずにスルーしてください。
ε≡≡ヘ( ゚Д゚)ノ
十死零生

生きて帰る事はゆるされない、戦死を前提とした体当たり・自爆攻撃を実行するための部隊。

http://ja.wikipedia.org/wiki/特別攻撃隊
特別攻撃隊(とくべつこうげきたい)とは、戦死前提の攻撃(特別攻撃)を行う部隊である。また、生還手段を用意した特殊攻撃兵器による攻撃(特別攻撃)を行う部隊をさすこともある。
200px-Chiran_high_school_girls_wave_kamikaze_pilot.jpg
1945年4月12日、知覧基地より出撃する陸軍特別攻撃隊第20振武隊穴沢利夫少尉(のち大尉)操縦の一式戦闘機三型甲「隼」と、それを見送る知覧町立高等女学校(現鹿児島県立薩南工業高等学校)の女学生達



桜花 (航空機)  回天等も作中で書かれています。


http://ja.wikipedia.org/wiki/特攻兵器

特攻兵器(とっこうへいき)とは、第二次世界大戦末期の日本軍で使用された戦死を前提とする特攻を目的として造られた、もしくは改装された兵器である。
250px-KaitenType1.jpg
靖国神社の軍事博物館の遊就館の回天一型



史実というノンフィクションを交えたあくまで、フィクションです。

話はとあるアメリカ兵の視点からプロローグが始まり、そして同じアメリカ兵のエピローグで終わります。

終戦間近の昭和20年・夏
もはや零戦はアメリカにとって脅威でなくなり、さらに重い爆弾を抱えた速度に欠ける零戦は、最新鋭の戦闘機と機銃によってその防空網を突破できず撃ち落とされる状況でした…アメリカ側もそれを撃ち落とす事が作業のように単調になりつつある日



零式艦上戦闘機(零戦二二型(A6M3))



あの悪魔のようなゼロを見たのはそんな時だった。
(百田 尚樹  『永遠の0』p10)



ここから物語は始まります。


人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことをひょんな事から調べ始める場面に移ります。

祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されてなく次第に元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵(祖父)の姿は予想もしないものだった。

戦闘機乗りとしては海軍でも一目を置かれる腕を持ちながらも、死を恐れ、異常なまで生に執着し、国家が個人を押しつぶそうとする中当時としては恥じさらしと思われるほど臆病だった男、それが祖父だった。

なぜ軍人になったのか?
なぜ特攻に志願したのか?

何故そこまで生きることに執着した男はその最後に死を選んだのか?
いつも結末をオブラートに包む私ですが今回はネタバレのネタバレです。

何故、最後の最後に生き残れるチャンスがあったのに宮部久蔵はその雲の糸を命令ではなく、自らの意思で掴むのではなく放すことを・・・・死ぬことを選んだのか。

私が思うに、古参の熟練搭乗員として予備学生を教える為に教員となり、多くの教え子が特攻にいくのを見守っていくなかで、彼は苦悩し日々心が苛まれていったのだと思う。


『俺の命は彼らの犠牲の上にある』
(百田 尚樹  『永遠の0』p522)



生きることに執着して愛する妻に逢うために今まで、生きてきた。

しかし・・・

あの日の出撃前、以前、機銃弾を積んでいないのにもかかわらず宮部久蔵を助けたいが一心で敵機に体当たりするかのごとく突っ込んだ元教え子の大石が、


『宮部教官からお借りした外套をまだ返していません』
(百田 尚樹  『永遠の0』p539)



と話しかけたこの時に宮部久蔵は思ったのかもしれません。

あの日、自分は助けられた、もしかしたら死んでいたかもしれない。『俺の命は彼らの犠牲の上にある』と言ったように・・・


『何人死んだと思っている!直掩機は特攻機を守るのが役目だ。たとえ自分が堕とされてもだ。しかし俺は彼らを見殺しにした』(百田 尚樹  『永遠の0』p522)



と思ったように

もう見殺しにしたくない死なせたくないと・・・・自分だけが生き残ることを考え、果たして本当にそれでいいのだろうかと・・・

皆生きたいと思いながらも、最後は勇ましく散っていった。
この男、大石だからこそ命を託し逝けると思ったのではないでしょうか。

だから一切の未練を断ち切れた。妻と子の為に生きるという想いを捨てることが出来た。
大石もまた


私が死ぬのはいい。しかし宮部さんだけは助かって欲しいと心から思った。
(百田 尚樹  『永遠の0』p540)



と思っていたほど・・・宮部久蔵を尊敬していた。。。
その後、遺されたものは多かった。

彼の人柄が行動が魂が、多くの戦友に影響を与え
彼のためなら死ねる、又死なせてはいけない人だとも思わせるほど、魅力的な男だった。


昔、世界史の先生が、太平洋戦争について、零戦について熱く語っていたのを思い出しました。
彼は、戦争の現実を、何故戦ったのかを、熱く語ることにより後世に伝えたかったのだと思います。

『永遠の0』もまた同じく、あの戦争を教えてくれます。


戦争は過去のもので、歴史を学ぶことよりも今をどう生きるか・・確かにそう思うこともありますが、是非読んで頂きたいと思います。




悲劇の泰緬鉄道と観光地の今(戦前の植民地の鉄道8)より引用



感想としては、特攻隊の話ですから、読んでいてとても辛かったです。

やや極論的ですが、「現代の若者」に教えるような内容になっています。
出版社の人物が安っぽく特攻隊をテロと同じに考えているところ(述べたいことは解りますが・・・)や、

特攻隊員の遺書が報国、忠孝ばかりというのも疑問でした。
戦争の悲惨さよりも勇ましい描写や美化されている点も多くありますが、

あくまでも小説ですしこれはこれで良いと思います、とても読みやすく、また感動しました。

空戦のおもしろさ・人間ドラマ・ミステリー全ての要素が詰まっています是非読んでください!!

戦争は、してはいけないおこしてはいけないこと。
戦争に正義も悪もありません。

勝った方が後の世を動かすだけです。
同じ日本人がしたことをタブー視し、批判し封印してきた時代背景のなかで、

自らの国に自信を持てず、愛国心を持てずにいる気がする現代のなかで、この素晴らしい日本を自分の命を賭して戦い守ろうとした者達がいたことを再度、実感できました。

やはり平和とは尊く、本当に幸せなことなのだと・・・




|Д´)ノ 》 ジャ、マタ


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